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でっさん
201612/29(木)

2016年に通った道について心の整理しようと思って書きました。よかったら読んで♥

自分にとって2016年という年は、多分あと1、2年くらい経過して振り返った時に『人生において割と大きめな転換期だったな~。』と思うようになるだろう、とジンワリ思っている次第でございます。

こんな面持ちになっている背景には、ここ1、2年「ゼミ長さん」というアカウントに魂を注いできた中で、自分の中で「大き目のイガイガ」が結構昇華できたな~と思う事が多く、それは結果「飽き」に繋がっていて、今は別な物事に興味が移ってきているからです。

その中で自分自身が昇華できたと思っている事柄をサクっと列挙し、自分自身の「マイ・2016年・総括」とし、積極的に心を整理してみようと思っている次第でございます。

昇華できたかな?と感じた事柄について。その経過的な話

発信する、表現する、という事に正義なんてないのだから、他者から受けるあらゆる評価には反論なんてしてはいけないし、できるはずがない

ww 長い見出しだね、この拙さが可愛いね、自分。

「発信する、表現することは正義だ」という反対側の言葉を語り口にしても言いたい事の核は一緒なのですが、私はこれからも手を変え品を変え、なにかを発信していきたい、表現していきたい、と思っています今のところ。

それが楽しいと思うから。純粋シンプルに。

…っていう風に思う人間としてはやはり『発信や表現に正義はないよね、ゲスだよね。』という入り口から入り、表現する時においては常に襟を正し、節度ある振る舞いを意識する事をここに誓います。

一見、何物にも縛られていないような自由な作品や常識外れ・破壊的・人間離れしたような作品も、ヒトから放たれている以上、ヒトの目に触れたのなら、それは特定の範囲に限定して見ればバランスを保ち得ます。

自分のフィルターを変えれば。見る人のフィルターが違えば。それは立ちどころに常識的で、創造的で、これぞ人間ドストライク!といった作品になりますし、節度や思いやりを垣間見る事ができます。それは「時に暴力が人を救ってしまう事がある」という感じに。

いきなり凄い端折りますが、まあでもね!入り口はこっち。「正義はない」から入りたい。これは自分の揺るぎない信念になっていけばいいな。

反論したくなるのは自分の技術が足りないから、クオリティが低いから=節度を保っていないから

自分が発信した作品や魂の叫びに対して辛辣な意見が飛んできた時。その時の心の動きに注目しています。

『自分が言いたい事と違うんだよねー。解ってないね!』『お前にそんな事言われたく無いんじゃ!このパンツ泥棒が!』

なーんて怒りが出てきたら、それは自分の作ったもののクオリティが低いからです、というシグナルです。私の中では断言しちゃいます♥

わざわざ皆の時間やメンタルを割いてもらって読んだり見てもらったりしているのに、自分からわざわざ足を突っ込んでおいて、反論がきたらウララー!!!だなんてもう!もう!

これは心が揺さぶられた時点でレッドカードを出します。

自分は2014年の12月に清水さん家のウォーターサーバー生活というサイトを公開したのですが、公開時には結構ギラついていて『オラオラ!すげーの出したぞ!えっへん!』っていう感じだったので、ちょっとした批判にもイラっとしたというか…凹みました。

それでも最低限守れたのが節度だったのかな?と自己評価しております。

今では完全に黒歴史と捉えていますが、それでも「当時」は『皆に見せるものだから、主観的にも客観的にも一番のクオリティで出さないと諸先輩方に失礼だろうな。』と強く思っていて、それを実行に移せた事で、結果的に昇華できた事があったので、それは収穫でした。

『一番のクオリティで出さないと。』というのが「節度」であり、節度を示すにはクオリティは超重要。

節度はメンタル的要素で、クオリティは肉体的要素。密接な繋がりを感じ、今は常に両方のバランスを取り、ある程度その全体を見ながらモノを作れるようになってきたかな?と思っています。まだまだヨチヨチ歩き。一歩目を踏み出しただけですが。

こんな感じで節度とクオリティはワンセットで捉えるようになりました。

節度(クオリティ)さえ保てたのなら、自分が『届いて欲しい。』と願う人からの信用を失う事はそうそう無いし、それで色々悶々とする必要もないのだと思います。

『あ~…俺って本当にだめだな~。ウジウジ。うじうじ。』

っていう子供じみた自分が、ここ数ヶ月でベリベリと剥がれて決別の時を迎えているような気持ちになっています。

なんて事はない、手を動かせ!頭を使え!思考しろ!勉強しろ!蓄えろ!それができないなら柳のようにひっそりと佇んで発信する側に回るな!っていうプライドを強固なものにする事ができたんじゃないかな?と思います。

今後もクオリティーを向上させ、メンタルディフェンス力を鍛えていきたいです。

自分の中での「生き延びたい」ってなんなのかな?

アフィリエイトは結構簡単にお金が稼げてしまうチート・ジョブなので、自分の中にある本質を見失いがちになってしまうのですが、少なくても「生き延びる」の反対側に「生命が絶たれる」という事は無いという、何とも恵まれた状態にあるという事を自覚させてもらった1年でした。

これは書くと長くなるので色々と端折りますが、簡単に言いますと、

自分と、自分の家族は例え自分の収入が0円になっても全然生き延びる

という事です。

もし今、収入が全部吹っ飛んだら、ゼミ長一家の結束がより一層強固になるだけ。それだけだな、と。

もちろんなってみないと解りませんし、今の収入があるからこそ言える「余裕発言」という一面も否定できません。

できませんが、少なくとも今は、自分が願う『生き延びたい。』というのは『自分が大切にしている人たちと喜怒哀楽をぶつけたり共有できる状態でありたい。』という意味です。

大好きなミュージシャンである所の中村一義のキャノンボールの歌詞で言う所の『ボクは死ぬように生きていたくはない。』というやつです。

これは昨今「老害」と呼ばれて久しい、とあるコミュニティーにおられる方たちと、一度目のブレイクを経験してちょっと経過し、お金と心のバランスがなんかおかしいな?って思っているアフィリエイターの方なら一度は真剣に考えたことがあるようなテーマじゃないでしょうか。

自分としてはアフィリエイトがある限り、生命維持レベルのお金を稼ぐ才能が枯渇することが無さそうなので「生き延びる」という事の本質をここに据える事にします。自信と多大なる感謝をもって。

2017年はどんな風になっていくか?どうありたいか?

今自分は絵画教室に入会しデッサンを始めて3ヶ月が経つのですが、次の目の前にぶら下がってきたニンジンはこれだろうな、という感じがしています。

純粋に手を動かすのが楽しいし、そのものについて語るのが楽しいです。久しぶりの感覚です。そして、15年前に絵画教室で描いていたデッサンとは、メンタリィがかなり違うことを自覚できました。

昔はデッサン自体が目的であり「それで同時に承認欲求も満たしたいマン」だったのですが、今は一歩引いて、ツール的に捉えている割合が多く、承認欲求を満たす道具としては…ここは言葉の選び方にまよったのですが…うーんと、うーんと、「ふさわしくない」と思っています。

アフィリエイトや趣味でやっているテニスと、基本やる事は変わらないでしょう。自分が目指そうとしているもの、到達感を味わいたい気持ちはしっかりと在って、それはどの「ツール」でも味わえるな、と。そこに進むための乗り物を変えても全然行ける場所だという事がよく解りました。

小さなパラダイムシフトを繰り返して自分の視点を拡大していきたい

パラダイムシフト…。適切な日本語が思い浮かばなかったので横文字使ってますが、これもどうだか…。なんとなくイメージで使ってみました。

なんだかんだでTwitter発でゼミ長は、楽しく下ネタを喚き散らし、自分のサイトを公開し、色々な人と絡み絡まれ、アフィロックという大きなイベントのステージに立たせてもらったりで『アフィリエイターとして頑張ったし、分不相応な位に楽しい経験させてもらったよね。』って素直に思えております。

その理由には、まず『頑張れた。』と自分が思えるだけの立ち振る舞いができた事と、あとこれが超大事だと思っているのが、

ちゃんと挫折できた

というのがあると思います。

何に挫折したのかは言葉にするのが面倒くさいのですが、イメージで言いますと、イケイケどんどんで自分がヒャッハーと掲げたモノサシの上でさらに凄い人やコトが現れた時に、健全に負けを認められた、という事でしょうか。

物事って無限に切り口がありますから、どうとでも言い訳が立ちますよね。でも、自分が何かを発信した時点でそれはもうポジショントークになりますから、そこはモノサシがある訳で。

モノサシは言い換えるならルールです。例えばテニスというスポーツの素晴らしい所は明確なルールが存在して、勝敗が誰の目にも明らかになる所にあると思います。

その明確さが、時にはビジネスでも必要だと思っています。自分の力量を推し量るものになりますから。

そしてこれまでの人生の体感として、しっかり挫折できた時は、辛いけど、ホント辛いけど、ご褒美として次のニンジンがやってきます。そしてそのニンジンが『美味い!』と感じられたら、それがパラダイムシフトした合図。

そしてまたせっせと走って走って積み上げたものを、全部崩して0から。人は積み上げたものに依存しちゃいがちだし、一度身に着けたスキルに頼りがちですが、自分はこれからも表現において真剣でありたいので、勇気をもって全部ウラー!って捨て去れる人間でありたい。

そうです、まだまだ『そうありたい。』っていうことでして、今だ未熟過ぎるほどに未熟。でも熟女は好きです。

さいごに

この記事も、相変わらず自分で書いててまあまあしょっぱいな、と思いながらここまできているのですが、公開する事にします。

理由は割とシンプルで、先日うっちーさんともうひと方…ブルーの髪の毛の中指おったてた方との絡みの中で『2016年総括ブログのアイス・バケツ・チャレンジだ!』だなんて発言しました。

んで、まあなんて言うかうっちーさん、ブルー髪さん両名ともご自身でしっかりと素晴らしいブログ記事を公開されてて、そのさらり感が純粋にカッコイイな、と思ったので自分もそれに倣おうと思った次第であります。

そんでもって、自分は誰かにバケツを回すタイプの人間ではないので、自分で冷水を被り、締めさせて頂きます。

ばっしゃ~

つめてー

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